パン屋巡りの旅・寄り道
(ガスパールの片隅にて)
エリン・ダーナー
ガスパールの中心部から徒歩十分。周りには住宅と公園があるその一角に、地元の人々に愛されるパン屋がある。
創業は一一八七年。終戦の翌年だ。
「ウチは創業者がベルグリーズ家に仕える騎士だったって聞いてるよ。戦後、主を失って路頭に迷った末にガスパールまで辿りついて、小麦を捏ねたんだ」
ベルグリーズ家は帝国最大の穀倉地帯を有していたが、敗戦と共にその領地は戦勝国である王国に接収されている。そんな時代のなか、このガスパールで敗戦国の者たちを積極的に受け入れた中心人物はアッシュ=ディランだといわれている。のちにガスパール家の家督相続が認められた正義の一矢と呼ばれる理想の騎士だ。
昨今は素材を見直した贈答用の高級パンが流行の兆しを見せているなか、この店では飾らぬ素朴なパンが今も多く並んでいる。
「南方から輸入した質のいい小麦に変えちゃう店も多いみたいだけど、ウチは変わらずグロンダーズ産って決めてるからね。代わりに愛情をこめてますよ」
純朴そうな笑顔で笑うのは無口な店主の代わりに店先に立つ従兄弟だという青年だ。
気さくな店員にオススメを聞くと、丁寧にひとつひとつ紹介してくれた。
筆者がダグザからの旅行客だと告げると店の奥に声をかけて、焼きたてを出してくれる。初めてならこれ! と勧められたのはファーガスの伝統菓子パン・ブルゼンだった。
さっそく購入して、公園で頂くことにする。
玉子と砂糖を使ったほんのりと甘い生地は素朴な味に感じたが、当時は少しばかり高級なパンに分類されるものだったと説明してくれた青年の言葉を思い出す。
なるほど、昨今流行の高級パンはこの店にもあったわけだ。元・高級パンは今、子供達がお小遣いを握りしめて買いに来るほどリーズナブルであるけれど。
さて、公園でブルゼンを頬張る私の気分はたとえるなら貴族の子弟というところだろうか。紙パックの紅茶ではパーフェクトティータイムと呼ぶには少々物足りない気もするが、ガスパールへお越しの際は是非、お召し上がりいただきたい。
作成者:小麦様