アミッド大河産トータテスローチの年齢と成長
ガラテア産業技術研究所
水産生物分野
資源管理研究室
マリエーレ=ハーゼ
Ⅰ.緒言
トータテスローチCyprinus Teutates はトータテス湖を原産とし,ロディ海岸沿岸,アミッド大河にかけて分布する有用水産資源であるが, 原産地から遠いアミッド大河においては その生態や資源生物学的特性はあまり知られていない。
本研究では,前任者 Angelus = Fischer (1752 )に引き続いてアミッド大河中流域で採集された標本を用いて耳石横断薄層 切片による年齢・成長解析を行うとともに,これまでに得られた成熟に関する知見をもとに年齢別成熟割合を求めた。
Ⅱ.材料と方法
【標本採集方法と魚体測定方法】
1747年翠雨の節から1754年飛竜の節にかけてグロスタール州立大学附属調査船シンドバット号を用いてアミッド大河中流域(図1)で釣りにより採集された計1186匹のトータテスローチを標本に用いた(表1)。生殖腺は船上で摘出し,肉眼観察によって雌雄を判別した。その基準としては,灰白色で平らな生殖腺を精巣(雄),淡黄色で丸みを帯びた生殖腺を卵巣(雌)とした。魚体は研究室に持ち帰った後,全長(TL)・尾叉長(FL)・体長SL)を1mm単位で,体重(BWを0.1g単位で,生殖腺重量(GW)を0.01g単位で秤量し,生殖腺熟度指数GSI=100×GW/BWGWを求めた。
【耳石摘出法】
頭を切り落とした後,鰓を取り除き,頭蓋骨の内側から耳殻を解剖バサミおよび鑷子を用いて切り崩し,耳殻中にある左右の耳石(扁平石)を摘出し,付着物を取り除いた後,組織培養盤中に乾燥保存させた。このうち右側の耳石(右側が破損している場合は左側の耳石)を熱硬化性樹脂に包埋した。
【耳石包埋法】
耳石を包埋した熱硬化性樹脂包埋法について以下に述べる。本研究では樹脂としてMin1163,硬化剤としてALAとLAV,重合加速剤としてAQA50(いずれもヌーヴェル社製)を使用した。処方は,Min1163(42ml),ALA(16ml),及びLAV(11ml)をそれぞれメスシリンダーで計量し,ビーカグラスに移し替えてマグニットルーハーで約30分間混合した後,AQA50(1ml)を加えてさらに約15分間混合した。混合した樹脂を合成樹脂製の型枠に流し込み,直ちに十分に乾燥させた耳石を鑷子で気泡が入らないように樹脂中に包埋した。この際,標本毎に包埋した場所を用紙に書き残した。包埋後すぐにミークロヴェレンに入れ,60℃で約3時間,40℃で約10時間,5060℃で約24時間の順に加熱し,樹脂を硬化させた。完成した樹脂は常温で冷却した後,油性インクで標本番号を記入し型から取り出した。樹脂作製に使用した硝子器具は実験後溶剤で十分樹脂をとかして洗浄し,乾燥させた。
【耳石横断薄層切片作製法】
包埋した耳石の中心をHevring社製LinFla3双眼実体顕微鏡(明視野下)で確認し,油性インクで耳石の中心に印をつけた後,耳石の中心を通り,かつ耳石の長軸方向に対して垂直な直線を油性インクで引いた。そしてMICROCUTTERCassandra型(Nevarand製)と冷却液を30倍に薄めた溶液に浸した状態のダイヤモンドブレードCAT式直径100mm厚さ0.3mmNevarand製)の刃を用いて,直線に平行になるように最初に直線の右側約1mm幅をあけて切断し,次に直線の左側約1mm幅をあけて,耳石の片側を鑷子で保持しながら切断した。切断後ヴァーリ刃物研磨機を用いて約0.5mmの厚さになるまで両面を研磨した。研磨した耳石横断薄層切片は,接着剤としてマニキュアをグラスディアの上に塗り,次にその上に気泡が入らない様に切片をゆっくりと乗せ,さらに再度マニキュアを切片の上に塗り,一晩乾燥させた。
【耳石輪紋観察域の選定】
耳石横断薄層切片をHevring社製LinFla3双眼実体顕微鏡を用いて,明視野下で80倍に拡大し,観察域の選定を行った。耳石の中心から体背部と体腹部(図3参照)にかけては,輪紋の境が不明瞭であった。一方,中心から耳石溝体腹部側(図3参照)にかけては,輪紋が明瞭であったため(図2,こちらを観察域とした。輪紋は不透明帯の外縁とし,耳石横断薄層切片の観察にあたっては輪紋の本数を数えるとともに(図2,輪紋形成状況(新輪紋の形成前か形成後か)を書き留め,輪紋の明暗度を◎,○,△,×の4段階で評価し,◎と○の個体のデータを解析に用いた。耳石の中心から耳石溝の突出部に向かって,第1番目の不透明帯の外縁までの直線距離r1,以降は隣り合う不透明帯の外縁間の距離r2,r3,…rn-1,rn,⊿r(⊿rは最外輪紋から耳石縁辺までの距離)を順次測定した(図3)。解析に用いた個体数はAngelus=Fischer(1752)も合わせて雄421個体,雌703個体であった。
【耳石の輪紋形成期の推定】
輪紋(不透明帯外縁)の形成期を求めるために、縁辺成長率(MGIを算出した(図3参照)。MGIは次式で表される。
MGI=⊿r/rn
⊿r:最外輪紋から耳石縁辺までの距離
rn:最外輪紋とそれより一つ内側の輪紋間の距離
【年齢割り振り方】
生殖腺指数(GSI)のもっとも高い7月を誕生月と仮定して(図4参照),個体ごとに採集月と輪紋(不透明帯外縁)の数およびその形成状況(形成前か形成後か)に応じて,年齢割り振りを行った(表2)。
【成長曲線】
年齢を割り振ることのできた雄・雌個体の尾叉長と年齢のデータをもとに,ソフトウェア「イルミネイト2.0」(ヴィクター(株))のカーブフィット機能により,vonOrdeliaの成長式を求めた。
【年級群組成】
1747~1753年にシンドバット号による釣り採集で漁獲した1186個体のうち,年齢を割り振ることのできた雄403個体,雌617個体の年齢データをもとに誕生年を求め,年級群組成を検討した。
【年齢別成熟割合】
本調査で明らかになった各個体の年齢とFriedegund=Liebig1752が明らかにした各個体の成熟段階の結果をもとに,雌雄別に年齢別成熟割合を求めた。
Ⅲ.結果と考察
【尾叉長組成】
本研究に用いたトータテスローチ雄454個体、雌732個体について雌雄別に尾叉長を求めたところ(図4),55006200mmにかけて個体数が特におおく見られた。また,雌の最小個体は1110mm,最大個体は7300mm。雄の最小個体は7200mm,最大個体は7250mmであった。
【耳石輪紋形成期】
縁辺成長率MGIの経月変化を求めたところ(図5),1輪群では全てのMGIの値が0.6以下を示した。その中でも翠雨の節飛竜の節にかけてはMGIの値が0.1以下と特に低い値を示す個体も見られた。2輪群では青海・翠雨の節と飛竜の節にMGIの高い値と低い値が同時に見られた。3輪群でも同様に青海・翠雨の節と飛竜の節に高い値と低い値が同時に見られた。4輪群以上では翠雨の節と飛竜の節にMGIは高い値と低い値を示した。よって,トータテスローチの耳石は,一年のこの時期翠雨飛竜の節に,新輪紋が形成されると考えられた。
【雌雄別成長曲線】
個体毎の年齢を尾叉長のデータをもとに,雌雄別にvonOrdeliaの成長式をあてはめたところ,
雌:FLt=203.4(1exp(0.325(t+2.057)))
雄:FLt=211.5(1exp(0.590(t+であった。(図6)
ここで,tは年齢,Ltは年齢tにおける尾叉長(mm)を示す。
雌における極限尾叉長(FL∞∞)は2034(mm),成長係数(k)は0.325となり,
雄における極限尾叉長(FL∞∞)は2115(mm),成長係数(k)は0.590となった。
F検定により雌雄差を比較したところ
F=305.281>F3∞∞(0.01)=4.28
となり,1%レベルで有意に異なった。
次に個体毎の年齢と体重のデータをもとにvonOrdeliaの成長式をあてはめたところ,
雌:BWt=193.7(1exp(0.357(t+1.703)))3
雄:BWt=215.6(1exp(0.557(t+0.795)))3 であった(図7)。
ここで,tは年齢,Wtは年齢tにおける体重(g)を示す。
雄における極限体重(W∞∞)は1937(g),成長係数(は0.375となり,
雌における極限体重(W∞∞)は2156(g),成長係数(は0.557となった。
尾叉長の場合と同様にF検定により雌雄差を比較したところ,
F=224.493>F3∞∞(0.01)=4.28
となり,1%レベルで有意にことなった。
観察された最高年齢は雌で18.95歳,雄で17.83歳であった。
【雌雄別年級群】
図8は17471753年にシンドバット号で釣り採集により漁獲された標本の年齢査定結果をもとに,雌雄別の年級群組成を示したものである。図中の逆三角形で示した部分は1748年級群を示すが,これを見ると1748年級群は1751年から1753年のいずれの年においても雌・雄ともにその優勢さが窺われ卓越年級群の存在が示唆された。
今後は,より正確な優勢および劣勢 年級群の出現を確認するために,1753年以降の継続調査が必要になると考えられる。
【雌の年齢別成熟割合】
図9は卵巣の6つの成熟段階の年齢別出現状況を示す。生殖腺指数の高い花冠の節翠雨の節(図4参照)についてみると,排卵後濾胞を有する「放卵期」の個体は,分析尾数は少ないが1歳から見られ,2歳以降もほぼ全ての個体が放卵期であった。このことから本種の雌は1歳から成熟するとみなされた。
【雄の年齢別成熟割合】
図10は精巣の4つの成熟段階の年齢別出現状況を示す。生殖腺指数の高い大樹の節翠雨の節(図4参照)についてみると,1歳では標本が得られていないが,2歳では花冠の節と青海の節に,3歳では竪琴の節と翠雨の節にそれぞれ最も成熟の進んだ機能的成熟期が確認出来た。従って,少なくとも2歳以降において雄の一部が産卵に関わっ ていると推察された。
Ⅳ.要約
1.縁辺成長率を求めた結果,lトータテスローチの耳石輪紋(不透明帯外縁形成期は青海の節飛竜の節と考えられた。
2.誕生月を青海の節と仮定して成長式をあてはめた結果,年齢(t,歳)と尾叉長(FLt、mm)の間には,
雌でFLt=203.4(1exp(0.325(t+2.057)))
雄でFLt=211.5(1exp(0.590(t+0.696)))の関係が、
年齢(t,歳)と体重(BWt、g)の間には
雌でBWt=193.7(1exp(0.357(t+1.703)))3
雄でBWt=215.6(1exp(0.557(t+0.795)))3
の関係が認められ,雄の方が雌よりも有意に成長が良かった。
3.年級群組成を検討した結果,卓越年級群(1748年級群)の存在が示唆された。
4.雌は,1歳からほぼ全ての個体が成熟するとみなされた。
雄は2歳から一部の個体が成熟すると推察された。
Ⅴ.謝辞
本研究を行うにあたり,ご指導頂いたグロスタール州立大学水産学部水産生物学分野教授Matthaus=von=Fitzau博士に心よりお礼申し上げます。標本採集の際にお世話になったシンドバット号の乗組員の方々に深く感謝いたします。
また,本研究を行うにあたり,一部の耳石切片の作製と読輪をしてくださった本研究所交換留学研究者のカリードハディド氏,シンドバット号の採集時にご協力頂いた本研究所のTiana=Hammerschmidt氏,並びにグロスタール州立大学同分野4年生諸氏の方々に深く感謝いたします。そして,本研究を援助して頂いたすべての方に感謝いたします。
Ⅵ.引用文献
1.Merry C. Rosso12,1690.FAO SPECIES CATALOGUE(vol.14 NEMIPTERID FISHES OF THEWORLD).71-72
Ⅶ.参考文献
1.Angelus=Fischer(1752):アミッド大河産トータテスローチの年齢と成長ガラテア産業技術研究所調査論文.1~7
2.Friedegund=Liebig(1752):アミッド大河産トータテスローチの成熟年周期と成熟日周期,グロスタール州立大学卒業論文.1~18